修道小学校創立事情(学校要覧より)

明治初年官府の奨励により中年寄、添年寄、各町年寄及び名望家が協議を重ね、下付金八百両と校下有志の寄付金計千四百六両参歩と銭三百七十二文を以て、明治二年九月、下京区馬町通本町東入二丁目下新シ町に校舎新築の工事を起し、十一月落成。十一月十一日に開校式をあげ、下京三十番組小学校として発足。
のち、明治二十五年「京都府京都市修道尋常小学校と改称する。

修道教育のこころ
”教えのいしぶみ”
運動場の東にある国旗掲揚塔横に立つ碑文である。

”涌きいづる 山のした水くむなべに にごる心は 持たじとぞ思う”

修道校の先輩は校歌として朝夕唱え、忘れることのないように心掛けた。
修道教育のこころ、それは教えのいしぶみの心である。
修道ということばが最初に校名として使われたのは明治18年。
「中庸」という書物の第十九章には次のことばがある。
「修道以仁」(道を修むるに仁を以てする。)
修道校の校名はここからとられたものである。
「仁は天地生物の心にして 人以て生を得るものなり」
「力めて行ふは仁に近し」
仁とは万物の心であり、また力行、実行の意味である。
人としての道を実行する。実践を通して人の道を体得する。
これが修道教育の伝統の精神である。