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| 「21世紀の『理科』を考える京都市民会議」
第4回 会議要録 |
1.開催日時:平成15年2月24日(木) 午後2時〜4時
2.場 所:京都市青少年科学センター 図書室
3.出 席 委 員
日 敏 委員(座長),今福 道夫 委員(副座長),瀬戸口 烈司 委員,兼松 信夫 委員,山田 秀司 委員,
堀場 厚 委員,廣瀬 佳治 委員,山本 壯太 委員,佐藤 愛子 委員,柳原 啓見 委員,宇野 里枝 委員,
下岡 多佳子 委員,河野 文彬 委員,阿古目 良子 委員,白須 正 委員(順不同)
[教育委員会]
生田 義久 指導部担当部長
(議事次第)
1.開 会 日 座長
2.議 事
第3回会議における討議内容についての報告
理科教育等に対する意見交換
質 疑
3.閉 会
(会議概要)
座 長: |
理科好きの子どもが育つようにしたいということが,本会議の眼目ですが,その他に青少年科学センターがどうあるべきかという問題もありますので,忌憚のないご意見を賜りたいと思います。 |
委 員: |
京都市内の中でスーパーサイエンスハイスクールに指定されている学校が京都市立堀川高校,立命館高校,京都教育大学教育学部付属高校の3校もある。全国47都道府県の中で3校が指定されているのは京都だけです。こういったことを生かすことができないか。 それと平成15年度から桃山高校がサイエンスパートナーシッププログラムを実施します。これら学校間の連絡はないことが気にかかります。 |
座 長: |
大変大事なことをおっしゃっていただいたと思います。 |
委 員: |
サイエンスパートナーシップというのはどういう性格のものですか? |
委 員: |
これは高大一貫プログラム,つまり高校と大学が提携していろいろなことをやっていきたい。具体的には大学の先生に高校に来ていただいて,サイエンスのおもしろさ,魅力的な話をしてもらう。それだけじゃなくて学校外での活動もやってほしい。具体的には,たとえば高校生を京大の博物館につれてきて,博物館の展示とか保管場所,どういう形で標本をキープするのかを実際見せるとか。そういった高校と大学とが連携してやっていこうというプログラムです。 |
座 長: |
それは高校では教育ができないので,大学との連携を,というふうにぼくには聞こえてしまうのですが。 |
委 員: |
カバーできない部分がありますから,そのカバーできない部分をできるだけ高大連携教育で補うということだと思います。 |
委 員: |
カバーできない部分がありますから,そのカバーできない部分をできるだけ高大連携教育で補うということだと思います。 |
座 長: |
滋賀県立大学にいた時にも滋賀県内の高校から「高校の先生が指導できないので,大学の先生にお願いします」と言われると,「あんまり情けないこと言わんでください」と申し上げたのですが,なんか変だなあという気がします。そうすると,小学校も中学校も高校もいらない,大学があればいいということになってしまう。 |
事務局: |
今のスーパーサイエンスハイスクールのことなのですけど,堀川高校だけの取り組みではなしに,堀川高校での研究成果というものを多くの京都市内の中高に回していくことが大事だと思っています。まだ研究の段階ですので,年次を追って深く長く,それぞれの一定の節目に,相互の交流が大事と思っています。それぞれの趣旨が,高校の特色を生かしたそれぞれの学科を,どのように,こどもたち一人ひとりに発展させていくかという観点からそれぞれ多様な取り組みをやっていますので,互いに情報交換しあっていけたらと思っています。 |
座 長: |
堀川高校を見学して,すごいことをやっていると思うのですが,他のところがどんなことやっているのか所管が違うためか話に出たことはない。すべてを見ることはないと思いますが,我々も知る努力をしていかねばならないと思います。その点をぜひご検討いただきたいと思います。 |
事務局: |
今回,西京高校も新しくできあがります。直接理科というわけではないですが,エンタープライジング科ということで,チャレンジ精神を伸ばす教育,コンピュータを活用した教育などいろいろありますので,実際に取り入れながら,スーパーサイエンスにも取り組んでいきたいと思っています。 |
座 長: |
西京高校も,見せてもらった方がいいのかなという気もします。 |
事務局: |
他に洛陽工業高校や伏見工業などがあって,スーパーテクノではないですが,なんらかの指定をしつつ,独自の取り組みを支援していこうと思っております。そういう情況も含めまして,またご報告させていただきたいと思っております。 |
座 長: |
京都府内には3校もスーパーサイエンスハイスクールがあるのだから,機関紙等に載せてもらうと非常にいいのじゃないかという気がするんです。 |
委 員: |
理科好きの子どもを作る,あるいはサイエンスが好きな子どもを育てる,ということの意味ですが,全部科学者になったら困る,それはその通りだと思います。いわゆる学者という形ですね。もともと科学に興味を持つ子どもは,触発して芽を伸ばしてあげたい,将来につなげてあげるにはどうしたらいいか。そういう側面がありますね。もうひとつは,科学に関心を持たせることがとても重要だと思います。特に科学に没頭しなくても,今,現実の中には科学的なことで成り立っていることがたくさんあるわけです。それは良いことだけではなく,とても危険なこともあるわけです。それに対してどのように態度を決めるか,そこに科学的な考え方とか関心が大事だと思うのです。たとえば青少年科学センターの役割としてそういうことを触発するにはどういう形で展示したらいいのかということを考えていく中心になる。そういう意義があるのではないかと思います。 |
座 長: |
科学とはいろいろな要素があるものですね。科学からできてきたものが,危険をもつこともある。昔から言われてきたのは原爆とか,それは確かにその通りだと思います。そうすると,純粋に科学をやっていく人は,科学は危険なものではなく技術がいけないという人もいるのですが,そういう問題じゃないのだろうなという気がします。科学のおかげで我々の生活が便利になったり,衛生的になったり,いいことはいろいろたくさんあるわけです。 |
委 員: |
原因があって結果がある。その関係がどうなっているかというものの見方ですね。関心というのは日常の生活のなかで,これが起こったときに何が原因しているか,そういうことをきちんと判断できる,考える力ですね。そういうことを経験しておく必要がある。子どもに対してはきちんと大人が提示してあげることが大事ですね。 |
座 長: |
まず原因はなんだろうと考えるということが大事なのですね。 |
委 員: |
そうですね。わからないからわからないでおいておくのではなくて,なにがこれの原因だったのかと,答えを絞れないにしても考えるということが必要だと思います。 |
座 長: |
答えをすぐ出せといわれると大変なのですよ。でも,問いをしてみるということが大事です。最近の子どもは問わないのもたくさんいましてね。それはちょっと困るので,もうちょっとなにかあるぞ,あるんじゃないのと思ってほしい。そう思っていれば何かのときに「あっ,そうだった」と思うこともあるし。1年たってわかることもある。 |
委 員: |
子どものとき解決できなくて,大人になって解決できることもありますね。ですからその考えを持続させることが大切ではないかと思います。 |
委 員: |
中学生段階では,まだ子どもは理科が好きなのではないかと思っています。理論的ではないけれど,実験をやらせたら非常に興味をもってやりますし,フラスコを洗ったりとかいろんな実験をやってます。それが学習という形になって,知識を身に付けなければならないとか,テストで問われるとかいう別の領域が入ってきたときに,分かれ道ができているのではないかと思います。まして入学試験ということになってくると,子どもの気持ちは「いやだけどやらざるをえない」ということになるわけです。 自然の素晴らしさや原理原則を専門家に聞くことによって啓発され,自分の方向性を見いだすことができるのは手だてとして妥当かなと思います。それを小中学生にあてはめたとき,京都市の場合は科学センター学習というのをやっていますね。学校の中でできる指導には限度がありますので,子どもたちの興味関心をいっそうもたせよう,科学センターに来ることによって専門家に聞いたり,実験器具も多く取りそろえて経験させようということで,京都市の小・中学生は学んでいます。理科好きの子どもは多い。ただ知識をきちっと身につけて,それからその知識を土台に,さらにそういう手順を学校現場で教えていく必要がある,その教え方が問題かなと思います。 |
座 長: |
教え方というか。そのへんがどうしたらいいかよくわからないし,みなさん経験がある方はぜひ,こうしたらいいというのを教えていただければありがたいなと思うのですが。 |
委 員: |
中学校では3年間で290時間ほどの時間があるわけです。1年生と2年生が105時間。3年生は80時間。週でいうと3時間。教科書は1項目から7項目まであります。290時間の中で140時間が実験に関わる学習をやっています。先生の指導で実験をして,それの結果グラフを書いて結論はこうですよというような形です。その中に練習問題とか,テスト問題が入ってきたりしています。 |
委 員: |
検証をするということが必要です。理科好きの子どもを作ると言っても,過去にどのような教育を受けてきたかということがわからないと,次の段階のプログラムデザインができてこないと思います。我々の議論は,つい新しい方向に目が向きがちですが,なぜ子どもたちに理科離れが起こったのかな,というところからグランドデザインを作って対処していかないといけないと思います。 日本人は,スクラップして積み上げる,またスクラップして積み上げると,なかなか系統立てるとか継続してということが欠けていると思うのですね。その点が非常に大事ではないかと思います。 私が,理科が好きになったのは本よりも,自然と接して好きになったのです。世の中どんどん変わっているし,教育のしやすいシステムを開発していってほしい。自然と接するということと,システムですね。そしてシステムとそれを実行していくグランドデザイン,こういうものを統一させていかないと,どちらか一方に議論が偏っているような気がします。 私たちが河原で遊んだり水に親しんだりしているとき,水の中に足をつけるのが我々は楽しかったのですが,今は足をつけると危ない,けがをするとか,汚いとか言っています。それで自然科学に興味がもてるのか。だから今回の水フォーラムなど,自然に接することができるような場を通してディスカッションできればと思います。 |
委 員: |
教える側にもそれなりの意識をもってもらわないと。仕組みやシステムを作っても,結局はうまくいかないと思います。学校もそうだと思うのですけど,何か特色をだそうとか,何か目立つことをやらないといけないと思いこんでいる。PTAでもそうなのです。毎年やることがプラスされていくから行事ばっかり増えていくのです。特色を出すというのは誰のためだというと,それは先生方とかPTAの役員の話であって子どもたちのためじゃない。ですから,指導する側をいかに育てていくかということも併行して考えられたらいいと思います。 |
委 員: |
子どもが去年,職場体験として地域の職場に入って体験し,勉強させていただきました。自分がその場にいて働くと,こんなに大変な仕事なのかということがわかる。実際に自分たちの手で作っていくとはどういうことか,ということを体験させてやることは,理科に対する目を開かせるのじゃないかと思います。 |
座 長: |
立派になる前の京大博物館時代,骨だとか化石だとかね,そういう現物を採って現物を見るということは非常に大事なのですが,大事なのだということが認識された後,情報を引き出してデータベースにしていけばいいじゃないですか,現物はいらないでしょと言われたのです。いずれは何か大事なものがそこから出てくる。 枯れ葉が枯れ葉のままでとってあったからこそ,その中からDNAを取りだすとかいろんなことがその中から出てくるのですよ。情報だけを取り出して枯れ葉を全部捨ててしまっていたらどうなったか。そのへんが,なんとなく,コンピュータを使ってという話はよく出てくるのですが,それがぼくにとっては怖いですね。 |
委 員: |
先ほど言われたのは体験学習(チャレンジ体験)のことですね。博物館も下鴨中学2年生の2,3人のグループを受け入れました。展示場を見せて地下にある標本を見せた後,自分で植物の標本を作ったり実際に作る体験もしてもらったのです。 中学ではそういうことはやってないから,こんな面白い仕事があるのですかという。これは文科省がやり始めたのですか? |
事務局: |
京都市独自にやっておりまして,今年度ですと1万1千人。3500の事業所で。それぞれの学校の基本的にはその校区が中心ですが,校区にない場合は,新聞社とか博物館などに行ってもらっています。 |
委 員: |
子どもの感想文のコピーを送ってもらったのですが,みんな目を輝かして,楽しかったと。来年もできればやらせてほしいということでした。プログラムというのはいくらでも組めますので,博物館を大いに利用してください。 |
| (休憩) |
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委 員: |
こういう議論を続けていても理科好きな子どもたちを育てるとは一体どういうことかさっぱり見えてこない。 確かにすぐれた科学者や技術者を育てていくのに最低限必要な学問としての理科が大事だろうと思います。求 めているのはそういうところではないという気がちょっとしています。科学的なものの見方,考え方をどう見つけていくか,それが最大のポイントになっていくのではないか。 ある意味では,学校の教科として理科という存在に出会う前が大事だろうと思っています。特に幼児期から小学校低学年,理科を理科として学ぶ前に,どれだけ,ものの見方と考え方を訓練していけるか。その時期に観察をする能力とか,そこから推察をしていく能力とか。そういうセンスが見つけられるかということがポイントになるし,そういうきちっとしたプログラムがいるのではないかという気がしています。小学校から中学校,高校,あるいは大学へのプログラムはそれなりに議論されているが,ものの見方ということで考えていくと幼児期からのプログラムが必要ではないかと思います。 理科という教科をそれまでの体験,水が冷たいという体験だとか,いくつかの体験とか発見とか出会いとか,さらにそういうことから出てきた悲しいこととか,いわば心の動きの体験を素直に反映できる体験を,理科という教科でどう再現させるか,これが教育のポイントだと思います。 動物の体に縞模様がある場合,背骨に対して垂直であれば「横縞」,水平であれば「縦縞」という,ひとつのルールを覚えていくと,次の知らない動物に対しても彼らなりの基準を定めて判断していくことができる。 観察すること,想像すること,さらにその中でルールを作っていくこと,二つ,三つ例を挙げれば必ずルールが見えてくるわけですから。このあとは家に帰って答えを出す,そういう作業は絶対必要だと思います。自分で観察したこと,生活したことと,理科で教えるべきひとつのルール,結論,知識,を結びつけながら答えを出していく。最初は自分たちの見たこととか経験したことが,ルールとして理解できるということが,いろんな点で次の発見と飛躍につながっている。 その意味で教育の大事さがある。と同時にそういうものを見る目,喜びや悲しみなんかの感動するような心の動きなどをいかに自然・動物・水・魚などを通して実物を知るか。あるいは科学現象にしてもそうですが,雷が怖いというひとつの科学の現象に対してものをどうルールとして,場合によってこれは我々が取り決めたことは,これは取り決めですときちっと教えていける。そのつながりがどれだけ作ってあげられるかが教育で一番大事なことではないかと思います。 理科好きというものの見方・考え方を自分の力で発展させられる力をどうサポートするかということが私たちの仕事になると思います。 |
座 長: |
取り決めということはかなり大事な話ですね。取り決めがおろそかになったりすると,「どうでもいいじゃないか」という反応をする子どもがでてきてしまうのです。何が軸,基準だということを決めないと言えない,ということが大事なのです。そういうときに,「あれはこうなんだ」と言うと,そういう子は急に科学嫌いになることもあるのですね。そのへんは大事だという気がするのです。こういう話をしていくとなんか見えてくるのかなと,なんとなく気になる。 |
委 員: |
5年前に理科とか教育以前の,もっと人間的な本能的な面をもう一度呼び覚ましていきたい。ある意味で本能的な機能を今一度呼び起こそうという活動を植物園ではじめました。 京都府の教育委員会や市の教育委員会,中学校の先生方,あるいは教育大学の先生方とタイアップして「森と小川の教室」や「私の好きな木」の事業を行っています。これで見る目,観察する力を育てている。風や水の音や空気のにおいを肌で感じて,聞くこと,それから話すことが将来考える力,行動する力,またこれは集団でやりますから,集団の中のルールというものを身につけていく。人間の本質を作っていき,社会性にまで高めていく,そんな活動をしております。 最近はお子さん方でも自分の好きな木を決めて,それを四季を通じて観察をする,スケッチをする,そして自分の思いを描く。場合によっては木の気持ちになって,冬は落葉して寒いのではないかなとか,寒いのになぜ葉っぱを落とすのかな,そんな自問自答をしている。回数を重ねて,真剣に生きていこう,自分自身で生きようという生きる力を育み,自然というもの,植物・昆虫・水・空気・空,そういうものが子どもたちに力を与えている。様々な協力を得ながら地域と先生方の協同チームワークによって,「森と小川の教室」は5年,「私の好きな木」は3年やってきました。これは一つのプログラムと言えるのではないかと思います。 |
座 長: |
私の好きな木というのはどのようにして決めるのですか? |
委 員: |
呼びかけをするのです。小学校中・高学年から中学校まで,6年間くらいの生徒が一緒にグループまたは個人として責任ある行動をしていこうと。 |
事務局: |
これは学校教育の現場から出てきたのです。中学校の理科教育研究会という組織があるのですが,その中の樹木を専門にしている先生から,継続的に観察をさせたらどうかとその先生が自分の授業のなかに取り入れておられたのです。また,中学生だけじゃなくもっと広げられるのではないか,ということで一般の市民と市内の小学生に呼びかけようと,生涯学習センターを通してポスターを出してもらったのです。 |
委 員: |
小学校の理科研究会でも研究を重ねながらやっていることは,自分がいかに問題意識をもって,追求活動を続けていくことができるか,ということです。子どもがいかに興味を持つかとか,問題意識を持つかとか,それまでの先行経験との重なりがどの程度あるかというところの研究を続けているところです。今までの経験と違うことがここで起こった,それは何なのか,これを突き詰めていけばこうなのだとか,これは何かなというところから子どもは,問題意識をもつわけです。具体的にどうやったら調べることができるか。調べ方についても子どもの中で工夫して進めていく。子どもの考えが深まるような授業の構成というか,これを工夫しているところです。 小学校はいろんな教科を1人の担任が指導しなければなりませんので,なかなか難しい面もありまして,先生方の中には,音楽の得意な方,体育が得意な方もいますので,学校の中で研修を深めるとか,あるいは科学センターとか,そういうものをよりどころにしながらやっています。総合的な学習の時間というのができておりますので,理科の分までどのように使っていくかとか,理科にリンクするような場面を総合的な学習の時間にいかに設定していくか。そのあたりが,ものの見方,考え方を見つける子どもを育てていることに関わってくるのかなと思います。 |
座 長: |
ありがとうございました。今のお話をずっと伺っていまして,教育的な意味でどうしたらいいかということで悩んでいらっしゃることはわかるのですが,実際子どもと向き合うというのは時間がかかるのです。大事なことを子どもたちはいくらか体験したと思うのだけれど,そういうことを体験する時間がなくなって,時間数だけの話になっているのは,そこらへんをどうしたらいいかという考えをお聞きしたい。 |
委 員: |
新学習指導要綱というのが今年度新しく出て,習熟度別学習というのを今年度からされているわけなのです。この3月で1年目の結果が出ると思うのです。そのとき,理科に関わる学習をした子どもたちのパーセンテージがどれくらい出ていたのかとすごく興味があるのですが,それは出るのでしょうか? |
事務局: |
習熟度は今年度だけではなくて,従来からも取り組んでおりますし,京都では数学とか理科などは比較的なじみやすいというか,教科による比率は若干違いますが,もちろん全体の状況はつかんでいます。 |
座 長: |
ここまでの習熟度がわかって,それに従って次の教育に取り組むということなのですね。 |
事務局: |
特に,少人数指導とか,チームティーチングといって,一つのクラスに複数の教師を配置してきめ細かな指導をしていくということをやっております。 |
委 員: |
総合的な学習や習熟度学習ということで,自分の興味のあることに対して授業とは別に教えてもらうということはいいことだと思っています。特に小規模校の場合は,学校を一歩出て,地域の先生とかいろいろな力が必要になってくると思う。 そういう指導の考え方もこれから大きな課題になっていくのではないでしょうか。 |
座 長: |
もう時間がなくなってきて,この当たりで終わらないといけないのですが,非常に大事な問題が提起されたと思います。20世紀になって,人間に学習が大切だということが自明の理ということになってしまって,人間は偉いから学習しなければいけない。だから教育が必要だと,すべてが教育の話になった。教育も必要でしょうが,子どもたち自身がやる学習が必要なので,教育は大人が子どもに対してすることだ。そこをどうしたらいいか,という問題をちゃんと考えないといけない。ぼくはいつも「理科好きの子どもが育つ」という言葉を使っていますが,普通は「理科好きの子どもを育てる」といいます。「子どもが育つ」というのは,自分で育つのです。「育てる」というのはこちらが育てる。この違いは大きい。 そのへんのことを基本的に,ちゃんと考えないといけないな,と思うのです。そのへんの問題は世界中でごちゃごちゃになっていると思うので,せっかく市民会議もできたので,みんなで考えて基本的な問題を提起してみたいと思っているのです。そのへんのことに話を絞ってもいいのかなと思っているのですが。 |
委 員: |
端的なお答えがほしいんですが,「育つ」と「育てる」を小・中という子どもの発達段階で分けた場合,小学校段階と中学校段階で,どちらにあてはまるのでしょうか。 |
座 長: |
大学院のとき,あることを研究しようと思って自分で調べ始めて,一生懸命論文を読んだりいろいろしていると,待てよ,大学の時の先生のノートに,もしかしたら書いてなかったかな,とノートを引っ張り出してきた。すると,全部書いてある。ということはその先生の話は何も身になっていなかった。結局自分で調べ始めて,わざわざ同じことをして,ぼくがわかったと思ったことが書いてある。そんなものなのだと思ったときに,一体その先生の教育とは,また一般的に教育とはいったい何なんだろうと深刻に考えてしまいました。そこで,私が学長をしていたとき「滋賀県立大学は学生が自分で育つ大学です」と言った。大学生でも「育つ」んです。 我々も今になっても育っている。自分で興味あることは取りこんで,そうやって育っていくのだろうと思う。 取るものがないと困りますが,何を取るかは別にして,いろんなことがなくてはいけないということは確かです。そのへんをどう整理したらいいかというあたりが一番大事なことではないかと思います。 体験させておけばいい,だけではないという議論もありました。一時はとにかく現物を見せろ,体験させろと言うばっかりだった。しかし,それだけだったらだめだという意見が出てきまして,そのときに先生が必要なのです。しかし,先生があんまり関わりすぎるとだめなのですね。どれくらい関わるかというのは具体的にしかわからないですよ。その基本ラインはこれだけの方々がいらっしゃるので,出てくるのではないか。そういう意味でこの会議は非常に大事な会議になるのではないかと思いますので,ぜひ次回もよろしくお願いします。 |
ー 以 上 ー |