> 21世紀の『理科』を考える京都市民会議>第1回会議要録
| 「21世紀の『理科』を考える京都市民会議」
第1回 会議要録 |
平成14年8月
| 委員 氏名 |
発言要旨 |
| 日 敏驕@ 座長 |
かねてから、子どもたちの理科離れをなんとかしたいという考えはありましたが、京都市としては、「理科離れ」をくい止めるという消極的な話でなく、「理科好きな子どもを育てよう」ということになりました。さらに、当初は教育委員会だけの事業だったようですが、最終的に学者や産業界・市民を含めて考えるべきだということで、この会議が発足したと理解しています。京都は歴史の古い文化の町なんだから、これから議論を重ねて、多少毒気があってもいい、中身のある面白い答申を出したいと思います。 |
| 瀬戸口 烈司 |
私も夏になるとクワガタムシを捕って虫かごで飼っていましたが、1週間ももたないことの繰り返しでした。ところが小学校5年のときに、飼い方を教えてもらったんです。要するに枯葉と倒木をとってきて虫かごの下に敷いて、スイカかキュウリを与えておけば、ひと夏は確実にもつことがわかりました。子どもが自分で考える力を養うことは、確かに非常に重要なんですが、子どもに考えさせたところで限界があるので、体験だけでは得られない知識を、わかっている人が教える必要がある。それが、ポイントではないかと思います。 |
| 兼松 信夫 |
植物園ではこれまで熟年層が利用者の多くを占めていましたが、最近では、21世紀を担う子どもたちをサポートするため、教育委員会や教職員の方々とともに学び考え、体験する「森と小川の教室」「私の好きな木」などという事業で、子どもたちと私たちが一緒に活動していくようになりました。その姿を見ていると、理科離れとか、理科嫌いとか、そんなことは決してないを思います。私たち大人がきっかけをつくることがいかに大切かということを、最近痛切に感じています。 |
| 今福 道夫 副座長 |
たきぎで風呂を沸かしていた時代には、湯加減がちょうどいいと思って入ると下が冷たかったりした。こんな経験があると、「液体は熱すると体積が増えて密度が下がって軽くなり、熱いものは上にいく」と理科で教わるとピンとくる。ところが、蛇口からお湯が出る生活をしている現代人には、それがよくわからない。そうしてみると、ボタン一つでテレビがつく便利な生活は、理科嫌いな子をつくっているのかもしれない。しかし、これだけ技術が発達してきた現状でどうすればいいのか、そのことがこの会議の議論につながるかと思います。 |
| 山田 秀司 |
動物園では、動物を間近に見て、触れたり、臭いをかいだり、鳴き声を聞いたりして生命の多様さを学ぶことによって、生活の中での優しさや力に変わっていく。そういう動物園を有効に利用する道を探りたいと思っています。もう一つは、「教育というのは学び方を教えること」ではないかということです。知識を知識として教えるのではなく、その知識がどうして得られたかを教えることが、一人ひとりの興味・関心の高まりや成長につながり、それが理科好きの子どもを育てることのポイントではないかと感じています。 |
| 堀場 厚 |
理科的なセンスというのは、答えが出しにくいところに興味をもち、創造力の源泉にすることなんですが、必ず答えがあるという錯覚がありますね。理科の分野には答えが明確でない部分もありますから、結果的に興味がだんだん薄れ、面白くないという価値観から、理科離れが出ているのではないでしょうか。また、危険をおそれて実験を避けているのも問題です。社会にはリスクもあることも認めたうえで教育をやっていけば、理科に興味をもつ子どもが育ってくるのではないかと思います。 |
| 廣瀬 佳治 |
理科といっても、生物や化学、物理、地学、天文学など非常に広い範囲が含まれています。なかでも、人為的に何かをやることによって現象が現れる化学や物理などでは、そのセンスを子どものころから養っていくことが重要です。そのためには意図的に子どもたちに課題を与えたり、常日頃の生活を通じて体験させたりと、子どもへの接触が多い学校の先生や各家庭のお母さん方の役割が結構大きいと思います。京都工業会では『青少年と科学の会』活動として各企業の見学案内のパンフレットを作成し、各学校に配布していますが、この他にも製造の専門家集団として何をすべきか考え、提案していきたいと思っています。 |
| 山本 壯太 |
現代の日本は「視覚」と「聴覚」を重視しすぎているように思います。人間はその他に3つも4つも感覚を持っていて、それをフルに働かしていくことから新しい発見や発明が出てきていると思うのですが、今あらゆる側面で欠けてきているように思えます。もう一つは、人間も自然の一部であって、自然の中で生かされているんだということを、理科の根底にすえるべきだと思っています。東洋というのは、自然に対する深い哲学を持っていたのが、失われてきているという気がしてなりません。 |
| 佐藤 愛子 |
理科や科学に関しては、時間に追われて、知識を詰め込むというのではいい発想も生まれてこないと思います。ですから、ボーッと考える時間とか、実際に手を動かして何かを作ってみるとかいう時間的余裕がとても大切です。もう一つは、理科だけでなく日本の教育が非常に細分化して、全体的なつながりがわからなくなってきていると思います。もう一度学問の原点に戻って、全体的にとらえていくことが非常に重要ではないでしょうか。 |
| 柳原 啓見 |
子どもたちは、学習全般に対して興味を失いつつあるという現状をみつめたうえで、理科離れについて考える必要があると思います。理科は、人間が生きていくうえで一番必要なものから生まれてきた学問だということです。最近は自然が少なくなり、理科に対して重点的に興味・関心を持てる機会が減っているので、自然にふれる機会をもっと増やすことによって、自然のすごさ、命の素晴らしさをわかりやすく説明すれば、理科好きな子どもを育てられると私は考えています。 |
| 宇野 里枝 |
今の子どもたちは、虫を見ると「気持ちが悪い」と言うのが悲しいのですが、先日、家にいたヤモリを捕まえようとしたらしっぽが切れたんです。「あっ、ヤモリもトカゲと同じでしっぽを切るんだ」というのを家族全員初めて知りました。教科書の理科というと顔をしかめる子どもたちも、身の回りで起こると自然と身についてくることがあると思います。理科が身近な存在となるよう、家庭でできること、親としてできることを考えていきたいと思っています。 |
| 下岡 多佳子 |
子育てのなかで、子どもの生活体験の質によって、理科に対する興味・関心の差ができてきていることを感じています。下の子は、上の子につき合わせていて一つのことをじっと見つめて考える余裕を親が与えていなかったんじゃないかなという反省点がありました。やはり子どもがいろんなことに興味をもつには、親が余裕をもって、子どもと一緒にいろいろなことを経験することが大切で、それが理科好きな子どもを育てる一番の近道ではないかと思います。 |
| 河野 文彬 |
理科に対する興味・関心が薄れているのは、技術が非常に発達して世の中があまりに便利になりすぎ、ものがあふれるなかで、学校で身につけたものを要求されないという現実があります。また、子どもたちはテレビゲームや携帯電話等をうまく利用しますが、ものをつくることは苦手です。ここにも、好奇心とか、意欲・関心という要素が希薄になってきています。ですから、理科離れ問題を単純にとらえてはならず、家庭生活や社会全体のことも含めて考えていく必要があると思います。 |
| 阿古目 良子 |
前任校は都会の真ん中の新設校でしたので、花壇はまっさらで、ミミズ1匹いませんでした。そのため、子どもたちが自然に接する機会を大事にしたいと考えてきました。今は逆に大変自然環境の豊かな学校にいますが、豊かすぎて、子どもたちはかえってそこに目が向きにくいことがあります。本来、子どもたちは自然に豊かに感動する心をもっていますので、私自身は子どもたちは本当は理科が好きなんだと考えており、とりまく環境によって、教師も指導の方法を考えていかねばならないことを実感しています。 |
| 白須 正 |
京都市では、多くのベンチャー企業が生れるとともに、伝統産業の技術を生かした企業も世界的に活躍しています。今、京都を「ものづくり都市・京都」として活性化させていくために、「スーパーテクノシティ構想」を構築・推進することが重大な使命です。特に、京都には、伝統産業で培われた技術と多くの大学と研究機関の存在があり、産・学・公が一体となったこの構想を成功させるには研究開発力や高度な技術力が重要です。市民一人ひとりの科学に関する興味・関心を高めていくことが大切で、理科・科学の基礎知識を身につけた科学好きな子どもを養成していくことが非常に大事であると思っています。 |
| 谷口 賢司 |
現在の状況は、理科離れだけではなく、興味・関心、あるいはそれを使っていく力がない「学び離れ」の状態ではないでしょうか。私は、理科好きの子どもたちを育てるということは、学ぶことに興味・関心を持つ子どもを育てることにつながると思っています。理科というのは驚きや疑問とかを生みやすい、むしろ「学び好き」の子どもをつくりやすい教科でもあると思いますので、ここで得られる論議は他の教科にも参考になることと、非常に期待しています。 |
蔭山 薫 |
京都市で理科を学ぶ場として動物園や植物園、青少年科学センター等の有機的な活用方法を考えることや、新しい「学びの場」の創造などの環境づくりを考えていく役目が市民会議にはあると思います。もう一つは、京都市民全員が科学者になるつもりで、精神的な面を市民にアピールして、子どもたちに"続ける"という姿勢を身につけさせ、自分で考えて行動するという面も訴えて、家庭で静かに物事を科学的に考える幼児教育等についても検討することができればと考えています。 |