1.実践の概要この実践記録は,簡潔に言えば「古代食の再現を,マルチメディアを活用して行った実践」と位置づけることができる。縄文時代・弥生時代の学習で,インターネット及び百科事典ソフトを使い,調べる学習を展開した。その過程で当時の食文化について子どもたちが関心を示し,それを再現してみたいという希望をだしてきた。そこで,縄文時代・弥生時代にはどのような食事を摂っていたかを調べるとともに,当時の縄文料理・弥生料理をリストアップし、再現することにした。 次に,その食材収集や調理方法についてはインターネット及び百科事典ソフトを使って調べた。 作る段になって困ったのが食材集めであった。何しろ,クマ・シカ・イノシシ,また古代米など身近で手に入れることが困難な食材ばかりであった。それらの収集にインターネットが大活躍した。そこからの情報を元に,数種類の食材を手に入れることができた。そしてそれらの食材と情報を元にして古代食を再現した。また,その過程で収集できた情報を元に,古代の食文化に関するクイズをつくり,古代クイズとして発信することができた。 2.コンピュータなどの活用の視点とその理由「活用の視点」「情報収集力」「情報活用力」「情報操作能力」「情報発信力」の能力を育成しようと考えた。 「その理由」 情報化社会と言われるとおり,現代は情報過多の時代である。そのなかから自分にとって必要な情報は何かを見いだし,それを自分なりの視点からアレンジしたり活用したりする能力を高めることが急務となっている。とりわけ,社会科資料集のように社会科(歴史)という観点からまとめられた情報が子どもたちの身の回りにあるとは限らない。児童の周りにある情報は雑多で多種多様な物である。児童の側から言えば,不必要な情報が氾濫していると言っても過言ではないだろう。インターネットからの情報もまさしくそうである。有用な情報よりも,不必要な情報のなんと多いことか。事実,児童がインターネットを利用したときなど,まさしく「インターネットはからっぽの洞窟」状態であった。 教師の方が相当な時間をかけて検索をしつくし,児童とって必要な情報のあるHPやサイトを見つけておかないと,その調べる学習の時間は時間の浪費だけに終わってしまう結果となった。しかし,教師の力量にも限界があり,児童自身が有用な情報を見つけるノウハウを手に入れることが大切な課題として上がってきた。そういう点で,「情報収集力」「情報活用力」をこの学習を通して育成しようと考えた。(参考資料−添付資料1「検索に関する児童の作文」) 情報を集めるだけでは,意味がない。その情報から何を引き出し,どのように活用するかがこれから問われてくる。この観点から,食材を集めるとともにその加工方法を考え,実際に調理するという活動を展開することにした。 情報を活用し,操作して,自分たちが新たに創造した情報は発信することによって,新たな情報として生き,生かされることになる。今回はクイズ形式にまとめ,それを発表する場を設けることで発信の場の保障とした。できれば,HPなどでインターネット上に発信できればいいのだが,そこまでにはいたらず,今後の課題とすることにした。 3.実践の詳細(授業を終えて)◇ 本単元 のねらい
◇ 指導計画
◇ 児童の活動の様子 《食材の入手》 一番困ったのが食材の入手だった。しし肉・シカ肉・クマ肉・うさぎ・鯨肉をインターネットで探した。また,タウンページで肉屋を探し,10件以上電話をかけたり,近隣の大型スーパーへ直接出かけたりもした。 しし肉とシカ肉に関する情報は比較的容易に見つけることができた。児童がこれらの言葉を検索にかけると簡単に見つかった。専門店が表示され,値段から調理法まで見つけることができた。しかし,問題があった。値段のことである。児童が入手できる金額ではなく,その時点であきらめムードになった。だが,児童は近隣の大型スーパーへ出かけ,広大な売り場をくまなく探してまわった。見つからないと分かると,店員さんに声をかけ,事情を説明し,「入手できないか」とお願いしたそうだ。お店の方は,子どもたちの熱意に打たれたのか「何とか探してみましょう。」との回答をもらった。数日後期待に胸を膨らませてお店を伺ったが,やはり入手できないとの返事をいただき,肩を落として戻ってきた。だが,身近なところで手に入れることが可能になった。実は,狩猟をされている方が児童の保護者におられたのだ。その上,偶然にも冷凍庫にしし肉とシカ肉が保存されていることがわかり,提供していただけることになった。 クマ肉の入手には骨をおった。クマ肉では検索にかかってこないのである。動物園やクマ牧場,自然保護団体は出てくるが,肝心の物は出てこない。お肉屋さんのHPをしらみ虱潰しにしても見つからなかった。そこで,子どもたちが次に入れたキーワードはクマ料理であった。すると,「石川県の料理旅館」がクマ料理を出していることがわかった。児童はさっそく電話を入れ交渉をし始めた。が,しかしである。5月という時期のために,今は無いということであった。 子どもたちはここであきらめるのかと思うと,つぎにはタウンページを持ち出し,かたっぱしから近隣の肉屋に電話をかけ始めた。しかし,10件20件とかけても見つからなかった。半ばあきらめていた頃,校区の居酒屋さんのメニューにクマ肉が書かれているという情報が保護者から入った。児童はさっそくそこへ行って,事情を説明し交渉を始めた。結果,無償でクマ肉を入手することができた。 ○クマ肉を担当した児童の記録文 胡桃大造(児童名はすべて仮名です。) (前略)クマ肉を手に入れるために,まずインターネットでクマ肉を売っているところを探すことから始めた。ところが,そんなところはなかなか見つからなかった。そこで,「クマ肉料理」で検索すると,旅館が見つかった。石川県にある春風旅館というところだ。そこで,宮本君と松下君とぼくとで,電話をかけてみることにした。 しかし,「今は,クマ肉はありません。」といわれ,がっかりした。そして,悩んだ。宮本君と松下君はタウンページで肉屋を調べ,かたっぱしから電話をかけ始めた。でも,まったく見つからなかった。 お父さんが、「昨日宴会をしたシャモチンという店にクマ肉があったで。」と教えてくれた。さっそく,川森君とシャモチンに行くことにした。行って,「クマ肉を使って,縄文時代の料理を社会科の授業で作るんです。日曜参観でいるので、もらえますか」と聞くと,「土曜日に取りにおいで。」と言ってくれた。(長文より抜粋) 古代米は,インターネットで探し,京都市内で手に入ることがわかった。また,古代米の農法やどのように食すればいいかなど,HPから調べることができた。児童がすぐにメールを出してくれた。そして,そこへ出かけて買ってくることができた。入手したのは「赤米」と「紫米」である。 ○古代米を担当した児童の記録文 松浦 康彰 (前略)インターネットで古代米の情報を探していたとき,古代米はどんな色をしているのかなあ,どんな風にして食べていたのだろう,と思っていました。それでいろいろな文字を入力してみました。例えば「昔の米」「弥生時代の米」「古代の米」などと入れてみました。けど,見つかりませんでした。ぼくのグループの人はもうあきらめ顔でした。でもぼくが「古代米」と入れたら,古代の米を売っている「かじわら米穀」のホームページがでてきました。田上先生もそばに来てのぞいてくれました。プリントアウトしてもらって,家に持ち帰りました。(中略) コンピュータを見てみるとさっそく返事がとどいていました。なぜ販売しているかは,「今は古代米が見なおされてきていろいろなお店で取り扱っていて,普通の白いお米より栄養価が大変にすぐれているとのことです。 (長文より抜粋) この赤米は,八坂神社の神田で作られているということが,パッケージから分かった。そこから新たな疑問が起こった。どうして神社で作られているかという疑問だ。児童は,「神様に供えているのではないか」「わざわざ,古代米を供える必要はないじゃないの」「神様が好きだから」「伝統行事だから,昔からのお米を使うんだ」などと考えを出し合った。そこで,直接八坂神社に問い合わせることになった。児童が社務所に電話をかけると,唐突な質問なのでお困りになったようだが,「神事に使っている」「赤米は農家に委託して作っていただいている」などのご返答をいただいた。疑問が解けただけでなく,新たに御神田があるということも知ったし,米が日本人にとっては大変大切なものだということも分かったようだ。 米に関しては,紫米があるということも,調べ上げた。そして紫米の「籾」も入手でき,栽培しようと言う案まで飛び出してきた。実際の所,時期的なこともあり,籾蒔きをするには至らなかったのだが,その紫米の籾は現在も大事に保管されている。 ウサギや鯨は手に入らなかったのだが,探す努力には感心した。 クリやドングリ,ブドウなどの木の実類も当時常食していたのだが,この時期なかなか手に入らない。キノコ類も同様だった。そこで,代用品を使うことにした。クリは乾燥させたものが市販されていたので代用した。ドングリは,虫食い状態のものしか用意できなかったので大豆を代用とした。(ただし後日,あるHPで販売されていることが分かった。) わらび・ゼンマイなどの山菜類は,休日に家族やお父さんといっしょに,醍醐の山へ汗をかきかき摘みにいってくれた。わらびはたくさんあったのだが,ゼンマイは手に入らなかった。 ○わらびを担当した児童の記録文 丸尾一眞 縄文料理を作ることになり,ばくは「わらび係」になった。 そして,わらびを山に採りに行くことになった。僕も行ったことがないし,お母さんもわらびの生えている場所を知らないので,よく知っている人,名付けて「わらび職人」と行くことになった。その「わらび職人」とは,市田君のお母さんです。(中略) そのあともぼくたちは,口も聞かずに採っていた。「わらび職人」は,採るのが難しそうな奥へと進んでいった。見たところにはないんだけれど,葉っぱの中を探すと,大量にわらびが出てきた。そして,すごいことを「わらび職人」から聞いた。それは,「お茶の木の近くに,わらびはたくさん生える。」ということだった。それと,「わらびは,根本を残しておくと,採ってからも二,三日で生えてくる。」ということも聞いた。結局わらびは500本ぐらい採れて,大きなごみぶくろにけっこうたまった。 ◇ 活動を通しての成果 手に入ったものもそうでないものもあるのだが,その過程でたくさんのことを調べることができたり,さまざまな人との出会いがあったりした。 特に,コンピュータやインターネットを情報収集の場としてうまく活用できるようになった。また,情報をそのままの情報として蓄積するのでなく,そこから自分たちなりの疑問や課題を見いだしていったことが大きな成果としてあげられる。そして,その情報を操作したり,活用したりしながら,新たな活動を起こしたり,そこから得たことを他者へ発信することもできた。同時に,それらの過程で,人とコミュニケーションをとる力(コミュニケーション能力)などが培えたのではないかと考えている。 《古代食メニュー》
4.今後の実践に向けて◇ 授業づくりで大切にしたこと,今後の課題としたいこと
|