陶化小学校(とうかしょうがっこう)のめいぶつ

深草瓦(ふかくさがわら)
江戸時代(えどじだい)前期(ぜんき:はじめごろ)の町屋(まちや)の建物(たてもの)は、
板葺き(いたぶき)屋根(やね)がふつうで、瓦葺き(かわらぶき)屋根(やね)は、
お寺(てら)や土蔵(どぞう:土づくりのくら)などに見られるだけでしたが、
江戸時代(えどじだい)前期(ぜんき:はじめごろ)のおわりごろに、いろいろなくふうに
よって民家(みんか)にも瓦(かわら)が使(つか)われるようになりました。
京都(きょうと)では江戸時代(えどじだい)の中頃(なかごろ)から、
東山七条(ひがしやまななじょう)の大仏(だいぶつ)と紀伊郡(きいぐん)の
深草(ふかくさ)が、瓦(かわら)の産地(さんち)になりました。
陶化小学校(とうかしょうがっこう)には、江戸時代(えどじだい)の三点(さんてん)
の獅子口(ししぐち)がつたわっていますが、これらは関白(かんぱく)九条尚忠
(くじょうなおただ)が、安政(あんせい)四年(よねん)に、九条家(くじょうけ)
ゆかりの紀伊郡(きいぐん)東九条村(ひがしくじょうむら)に建(た)てた陶化(とうか)
御殿(ごてん)の大棟(おおむね)の両側(りょうがわ)と玄関(げんかん)の破風の
棟(むね)にあがっていた獅子口(ししぐち)です。