
桃陵中学校には,校内に地域の歴史を伝える石碑が,また,学校の歴史を伝えるものが残っています。このページでは,それらを紹介していきます。(青色で示しているものを紹介しています。また,ページ内でのリンクもできます。)
築山にある石碑 |
車石 |
みちしるべ |
維新戦跡 |
![]() |
![]() |
![]() |
| 江戸時代,竹田街道は米などの運送路として 活用され,牛車の往来が多く,道が大変傷みま した。そのため,牛車の車輪の幅に合わせて, 道路上に二列に凹型石の「車石」を敷き詰めた 牛車専用の車道が設けられたのです。本校に あるものは2つですが,うち1つは両面に溝が 掘られた珍しいものです。 |
1m以上の大きさがあります。何 年の作かはわかりませんが,北・南 ・東の方位が示され,南北には大津 道,東には京ばしぶねののりば(十 六丁)・大手筋等の文字が見られま す。大津道とは,藤森から大亀谷を 経て山科へ出て,追分から大津へ 至る道です。 |
明治維新の際,戊辰戦争の幕開けとなった 「鳥羽伏見の戦い」の跡地を示す石碑です。 作られた年代については不明ですが,本校の 近くには「寺田屋」や新政府軍が陣を張った 「御香宮」もあり,幕末の変革期においても伏見 が重要な場所だったということが伝わってきま す。 |
グラウンドにある石碑 |
愛馬の魂 |
伏見奉行所跡 |
砲弾型の石碑 |
![]() |
![]() |
![]() |
| 昭和14年6月という文字があります。裏にあ る人名に中尉などの役職があるので,旧日本 軍の軍馬もしくは関連した人が飼っていた馬に 対して哀悼の意を示したものと思われます。 |
本校北の桃陵団地から,本校の グラウンドまでが伏見奉行所跡だっ たことを記念して昭和46年9月21 日に立てられました。 |
明治時代から,第二次世界大戦終結による 陸軍省の廃止まで本校敷地が陸軍の工兵隊 練兵所として使用されていました。この,砲弾 型の石碑はその歴史を今に伝えてくれます。 |
立志の塔 |
![]() |
| 昭和46年3月1日に卒業記念と して立てられました。この写真の左 下に写っている石碑には卒業の際 の思いが綴られています。中はタイ ムカプセルになっていました。 |
全力の碑 |
![]() |
| 卒業記念に生徒のみなさんが石を彫って作っ た狛犬です。(昭和47年3月10日完成) |