この地域は丹波高原の東南端にあり,海抜 410m余りの高地で,東南に地蔵山(943m)・愛宕山(924m)の山塊を背負い,北東に三頭山,西南に星ケ蜂等600m余りの山脈をめぐらし,四方山に囲まれた東高西低の援斜面に広がる桃源郷で.11月初旬には初雪を見ることもまれにある。三俣川や七谷川上流のせせらぎを聞き,夏季は30度を越えることはまれである。しかし,日照時間は平地とあまり変わらない。
この地域の生業は,農林業が主であったが,最近では兼業農家が多くなった。地蔵山の西斜面に展開する旧洪積層の扇状山間台地は,耕地に乏しい山村に絶好の耕地を提供し,みごとに階段状を呈する棚田が開け,古歌にも「山城の原の鎧田きてみれば,かぶとの森や弓かけの松」と詠まれている。
砥石は,元祿年間,鳴滝の御用砥石師−本間五郎左衛門が,新たに樒原において砥石の採掘をはじめてから現在に至るまで生産され,原の本砥石として,その名を全国に知られている。その他,最近はこの地域の冷風気候を利用して,野菜の抑制栽培や早期栽培など底地と時期をずらして栽培したり,草花の栽培も盛んで,京阪神地方はもちろん各地に出荷されている。また,竜ヶ岳より出る竜ケ石も有名である。


