● 武蔵と一乗寺 ●
 
 一乗寺に観光客が多く訪れる最大の理由はNHK大河ドラマでもおなじみの「武蔵」
 武蔵は、吉岡一門との五回目の決闘のため、一乗寺下り松を訪れます。
60回の決闘で一度も負けたことのない。という伝説をもつ武蔵は、ここでも勝利をおさめます。
決闘の前、一乗寺ある八大神社で、人生に関わる大きな決意をしました。その決意の中でも代表的なものは、「
我神仏を尊んで神仏を恃まず」この意味は神を敬うが、神には頼らない。という意味がこめられています。で
武蔵だけでなく、この決意は人間にとっても大切なことだと思います。
武蔵の足跡は意外なところにありました。「狸谷不動尊」そこには、武蔵修行の滝が今も残されています
その人生にも関わるような決意をさせた一乗寺の自然と歴史を全国全世界のより多くの人々に知ってもらいたいと思います。

            ● 宮本武蔵 ●
 
                           本名:新免 武蔵(しんめん たけぞう)
                            武蔵は天生17年(1589年)に生まれる。
                            その後、両親ともに亡くなる、
                             17歳で関ヶ原の戦いに参戦。
                            29歳では最強のライバル「佐々木小次郎」を船島にて倒す。
                            その後たくさんの歴史を経て、62歳で永遠の眠りにつく。

 ●最強の ライバル ●

武蔵は最強のライバル佐々木小次郎にみごと
勝利をおさめます。

佐々木小次郎 できごと
永禄のころ 豊前国田川郡副田庄に生まれる
幼い頃から武術家に剣を学ぶ
天生(1582年頃) 故郷を離れ修行のたびに出る。
中条流の免許を受け独立する。
大太刀の工夫をして巌流を創始する。
天正(1589年) 秀吉が故郷に侵したと聞いて副田に帰る。
慶長(1602年) 細川忠興に見だされ、小倉藩剣術師範となる。
慶長(1612年) 船島で宮本武蔵と勝負して敗れる。
蘇生後、細川家の藩士数名に斬殺される。


● 宮本武蔵 VS 吉岡一門 ●

清十郎に次いで頼みの伝七郎までが倒されてしまったことで、武蔵の名が高まる一方、名門・吉岡道場は滅亡の危機に立たされてしまいます。武蔵に対する吉岡一門の憎しみは頂点に達し、武蔵一人を倒すことに執念を燃やすのでした。そして、5度目の決闘に望みます。しかし虚しく、破れてしまいます。
決闘の場所は、三つの街道が交わる一乗寺下り松。
吉岡一門は総勢七十数名。刀や槍はもちろんのこと、木の上には半弓や鉄砲を持った者たちを忍ばせていました。何としても武蔵を倒すべく、必勝態勢で臨んだのです。 今でも、武蔵と一門の決闘地には
石碑がたち、そして、去年できたばかりの、武蔵像を見に、多くの観光客がおとずれます。

この武蔵ブームの中、下り松付近の和菓子屋さんでは、武蔵を題材にした、
お菓子などが目立ちます。

武蔵まんじゅう1個130円です。ちょっと高いとも思うけど、食べてみる価値アリアリです。

ぜひ一度ご賞味ください。


一乗寺下り松にある中谷菓舗に売ってます!!

やっぱり武蔵ブームの到来です!!

ほかにも、いろんなお店でその店独自の工夫をこらした武蔵菓子が

顔を見せはじめていま
す。いろんなお店をハシゴするのもいいですね!!

和菓子店だけではなく、きららづけなど有名なお店や知る人ぞ知るかくれた


名店などで一乗寺のお土産とか買ってみるのもアリかもしれないですね!!

 ● 人 物 相 関 図  ●   ● 武 蔵 M A P ●  ● 武 蔵 の い ろ い ろ ●