オマールさんを訪ねて


サイド・オマール氏

 サイド・オマール氏はマレーシアの王族であり,太平洋戦争中に南方特別留学生として広島文理大学(現在の広島大学)で日本の教育を受けていた。1945年8月6日,興南寮(留学生の寮)にいたオマール氏は被爆し,重度のやけどをおいながらも苦しんでいる人たちの救助を行った。
 戦争が終わり,帰国するため東京に向かっていたが,体の状態がひどくなり京都大学付属病院に入院する。担当の浜島医師の懸命な治療も及ばず,なくなられる。現在は京都市左京区一乗寺にある圓光寺に安らかに眠っている。

ここは圓光寺。6年生は修学旅行で広島へ出発する挨拶に来ました。
オマールさんのお墓はイスラム式。他の墓とはちょっと違います。
ここで6年生は修学旅行で広島へ出発する挨拶に来ました。
そしてオマールさんを偲ぶ歌「希望をのせて」を歌いました。
希望をのせて
圓光寺の住職,古賀先生にオマールさんのお話を聞きました。
オマールさんの写真も見せていただきました。
長身で美男子です。
全校で折った折り鶴を6年生がパネルにしました。
朝会で,平和への願いを全校に発表しました。
「希望をのせて」も聴いてもらいました。
広島市元安川の横にたたずむ興南寮跡の碑。
ここにオマールさんをはじめ多くの南方特別留学生の方達が暮らしていました。
興南寮跡での「折り鶴集会」です。今から約63年前を思い,黙祷。
平和への誓いを読み上げました。