かつての朱桜教育実践の冊子

「教育朱桜」

    浅見安兵衛氏伯「考える人」ロダン
    朱六校の正門玄関で静かに時を刻んでいます。

  昭和28年 学校表彰記念

  暴風の見舞いに来た夕霧が思いがけず紫の上を隙見する場面である。かば桜とは別名 かには桜 朱桜という。花の気はうす紅の ことさら艶色ある花です。
 



       ”すざくら”


 すざくらは朱雀第六の愛称です。




 「すざく ろく」    「すざくろ」 
「すざくら(朱桜)」というように音
転して生まれた 優にやさしい言
葉です。




 初代校長 上原昭平先生が学校の愛称を募られ
最終的に当時の職員でありました田村 伊藤両先
生と相談の末決定したとのことです。源氏物語のす
ばらしい情景をうかべ 朱雀第六のすこやかな発展
を願い命名されたのが すざくらであります。
 この地は 平安京の大内裏に近く 八省の一つ治
部省のゆかりの地 まさに歴史は古く王城の土地の
中心であったことは すざくらのゆかしい名にかよいま
す。
 「すざくら」は今なお 私たちの心にひびくすばらしい
愛称です。

   ( 第5代校長  小野為三氏の言葉より  )
 


 太平洋戦争の動乱有って 学童疎開等 児童保護者
共に苦難の道を歩む中 学制改革と共に 新教育実践の
はたじるしをいちはやくかかげ 「朱桜教育」の名のもと
に教育実践を展開。全国にその成果を問うこと数度 学
校職員 校区諸団体保護者をあげての取り組みは 当
時の話題となりました。その遺産は 今なお本校教育の
底流として流れ 現在も地道ながら「朱六教育」として受
け継がれています。






<朱桜教育の歩み>

          昭和20年代の「朱桜教育」の実践は まさに生きる力を培うための取り組み。
         このすばらしい朱桜の実践に名を借り 朱六校の今日の総合的な学習を構築し
         ていきたいと思います。



昭和 9年 7月  機関誌「すざくら」発刊
昭和13年 4月  国語教育研究発表会
            (読み方教育類型的展開とその指導)
昭和20年 2月  科学教育研究発表会 
昭和21年11月  教育技術研究会
       12月  国語教育研究発表会
昭和22年 4月  朱桜プラン学習形態確率
        7月   第1回新教育研究発表全国大会
昭和23年 6月  京都府新教育実験協力校になる
            朱桜プランカリキュラム構成
      12月  第2回新教育研究全国大会
昭和24年 6月  国語学習研究協議会
       11月  第3回教育研究全国大会
昭和25年 3月  京都市研究実験学校研究発表会
昭和26年 2月  第4回教育研究全国大会
昭和31年 2月  第9回教育研究全国大会
            「子どもの自主性と社会性の追究」
昭和38年11月  保健体育研究対策校発表会
昭和40年11月  京都新聞社より優秀学校図書館として表彰
昭和43年11月  安全教育推進校の表彰
昭和62年10月  第24回全国・第17回近畿小学校家庭科教育研究大会 京都大会
昭和63年12月  朱雀第六小学校PTA文部大臣表彰記念式典
平成 7年12月  京都市教育委員会フロンティアスクール推進事業指定 研究発表会<算数科>
平成 8年11月  京都市教育委員会フロンティアスクール推進事業指定 研究発表会<算数科>