校区の概要

 山科は平安建都以前より開かれた地域で、純農村的な形態が続いてきた。 
中世にはこのあたりに、山科本願寺が蓮如上人によって造営されて栄えたが、焼き討ちにあった。学校の北側には蓮如上人の墓があり、東本願寺・西本願寺の別院も建てられ、現在も多くの人々が参拝に訪れている。

 戦後は急速に都市化が進み、本校区は古くから山科地域の中心地であるが、人口の増加に伴い団地やマンションが増えてきた。都市化に伴い、校区内には田畑はほとんどみられなくなった。

 校区の北側にはJR東海道線・湖西線・京阪京津線、東側には地下鉄東西線、南側には新幹線・国道1号線が通っている。また校区を南北に通る外環状線沿いには、大型店舗等が数多く並び、にぎわっている。
                                                                                

学校の北側

 住宅街のむこうに、近年再開発が進められた山科駅周辺の高層 の建物が見られる。このあたりは、よりいっそうの都市化が進んで いる。                                      
                                                                                             

                                    




西本願寺別
「西御坊さん」とよばれ、1732年(享保11年)に蓮如上人の墓所の真向かい、四の宮川東岸に幕府の許しを得て、山科本願寺ゆかりの地に別院西御坊が建立された。








学校の西側
団地、マンションが立ち並んでいる。手前は山科中央公園。