校長室から         

京都大原学院 校長 石飛 聡    

この夏,大人が変われば こどもが変わる

  先日、PTAの研修会で定本ゆきこさんのお話を聞きました。定本さんは京都少年鑑別所の精神科医さんです。たくさんの示唆をいただきました。
「子どもはどの子でも、成長、発達していく過程(ライフサイクル)がある。(出生→乳児期→幼児期→学童期→思春期・青年期)」 この当たり前のことは 0歳から15歳の学び舎である本校にとって、とても大切な視点です。そして「発達段階ごとに、乗り越えていく課題がある。」

  乳児期には母親と密接な愛着関係を築くこと。幼児期には肯定的な声掛けをして自律性を育てること。学童期にはさまざまな課題に取り組み成功体験を積むこと。性ホルモンの影響で 心身共に不安定になる思春期は たくさんの課題があります。子どもたちは「自分とは何か、 自分は他人にどう見られているか」ということが大問題になり、進路や友人関係などの問題に 直面するので身近な大人に依存的になります。一方、思考カ・判断力が発達し 自己主張や反発をするようになるので「甘えるくせに言うことは聞かない」状態になります。しかし、大人がこの「依存」と「反発」を受け止めることで、「私は私でいいんだ」と感じ、私たちを「大人のモデル」として見ながら、自分が将来どんな大人になればいいかを模索してきます。このメカニズムを知っておくことが大切です。
 夏休み、子どもたちの成長・発達のフイールドが家庭や地域に移ります。その場その場で良いところを見つけて、タイミングよくほめてください。良い保護者、良い支援者とは子どもの良さを見つけ、声掛けができる人だそうです。
 京都大原学院は子どもたちの良さだけではなく、保護者や地域の方の良さをも見つけ、声をかけていきます。

人生を変えるかもしれない授業

 京都大原学院では 毎年多くの公開授業を行っています。休日参観をはじめ研究報告会、人権学習など、日常も多くの視察校に授業を参観していただいています。
 そんな公開授業を行った日に、たまたま 大原外に住むご家族が授業を見られる機会がありました。そして思われました。「この学校に絶対通いたい!」「どの学年も手厚く素晴らしい授業を展開してくださっている。」
 このご家族はもともと引っ越しの候補地を考えておられましたが、大原は全く想定外だったそうです。しかし、授業を見たその日を境に、大原で空き家等の物件を探しておられるそうです。
 私たちの仕事は 大原の子どもたちに学力や人間性を身に付けさせることです。しかし、今回のように たまたま参観された1時間の授業がこの家族の心を動かし、大原に住みたいと行動につながっていく。他の学校にいたのでは味わえない責任とやりがいを感じました。

このご家族は実際のところ 住むところが見つからず、春に出会えないかもしれません。しかし、そのご家族にとって「人生を変えるかもしれない大きな決断の授業」になっています。
 私たちはこれからも「大原の子どもたちのために」。そして、たまたま見られた方が「この学校に通いたい」と思える授業を進めていきます。

幸せってなんだろう 〜憲法講話2016〜

 今年の憲法講話は「幸せってなんだろう」をテーマに話をします。イメージしているのは、「幸せの国」ブータンです。この国は GNH(国民総幸福量)を掲げ、物質的な豊かさではなく、心の豊かさを高めることを目標としています。そして、伝統文化や自然環境に配慮した取り組みを進めています。また国王の「全員それぞれがお互いを認め合って生きているという」という言葉には、全員が“違っていい”という意識があります。
 2月、ブータン王国ワンチュク国王夫妻に第一子の男の子が生まれました。本校とブータンの橋渡し役になっていただいている画家の塩谷栄一さんを通して、御祝いを贈りたいと考えています。そんなブータンにも課題があり、それは大原との共通点もありそうです。今後、大原の地域学習へとつなげていきたいと考えています。
 熊本地震が起きました。今も余震が続き、多くの方が避難所生活を強いられ、不安な毎日を過ごしておられます。過去、震災後に見た日本人の姿は 「絆」を大切にし、励ましあい、周りへの感謝の気持ちを持っていました。この姿は。ブータンの国民性と重なるところがあります。今、本校の児童生徒会は熊本の状況を伝え、私たちにも何かできることを見つけよう」と呼びかけています。「人のために何かしたいと思う。それを自らの喜びと感じられる」私はこれが「幸せ」ではないかと考えます。

東日本大震災を忘れない 〜故郷(ふるさと)を作る〜

 まもなくやってくる3月11日、東日本大震災から5年がたちます。その時作られた震災復興支援ポスターにこんなフレーズがありました ≪足りない物あったら言ってと よく言われるが、「津波で亡くなった親友」とは本心なんだけど言える訳がない・・。ここに新しい故郷を作るんだ。思い出に負けない故郷にするんだ≫  多くの人々、未来ある子どもたちが故郷を失ってしまいました。
 「うさぎ追いし かの山」で始まる童謡『ふるさと』の3番は次のような歌詞で始まります。「志(こころざし)を果たして いつの日にか帰らん」先日、本校を訪れた隠岐島前高等学校関係者の皆さんは、この歌詞を替えて「志を果たし いつの日にか帰らん」と歌っておられました。島の子どもたちを「地域の作り手」として、「島全体が学校」という発想で故郷を考えておられます。そこには故郷を作る強い意志が感じられました。私たちも見習いたいと思いました。
 震災はたくさんのものを奪っていきました。しかし 奪えなかったものがあります。生きる勇気信じる心、そして人々の絆です。これからもこれらを武器に、それぞれの故郷のために、被災地に心を寄せ続けていきます。

『優しさとしての文化』から学ぶ

 紹介したい本があります。元立命館大学教授の木津川計氏が書かれた『優しさとしての文化』という本です。筆者は国民的人気を博した作品を通して、その人気の秘密に迫ろうとしました。
(1)映画「男はつらいよ」の寅さん、(2)アニメ「鉄腕アトム」、(3)漫画「サザエさん」、(4)喜劇「松竹新喜劇の藤山寛美さんなど、どれにも共通している要素を探しました。みなさんわかりますか?
 筆者は、どれにも共通している要素が『優しさ』であると言います。手塚治虫の鉄腕アトムは「心優し、ラララ科学の子」です。寅さんは純情な主人公、家族、周りの人達の優しさの映画です。そして、サザエさんは人を殺めるシーンもなく、女性・子どもを大切にしています、みんな『優しさ』が根底にあるからこそ国民の支持を得ました。
 さて、私は「本当の優しさ」って何だろうと考えます。教職員にとっては、子どもたちにいつも寄り添い、困った時に手を差しのぺる温かさと、時には突き放す勇気だと思います。子どもたちにとっては純粋に「何かをしてあげたい」と思う気持ちです。自分にできる小さなことを積み重ね、言葉を人を傷つける武器ではなく 元気づけるものとして使い、「優しさの文化の後継者」になって欲しいと願います。

 今年の夏は、

 いよいよ夏休みが始まります。学校を離れた生活が始まります。ぜひ、夏休みでしかできないことを見つけて、有意義に過ごしてください。
 先生からは、3つのことを提案します。
1.地域に触れる夏に
 7月末には水生生物調査があります。大原の自然を知る行事です。8月には川遊びフェスタがあります。大人と一緒になって小さい子を楽しませる行事です。8月中旬には盆踊りもあります。地域の文化を学ぶ行事です。この夏はたくさんの地域行事に参加してください。
2.読書の夏に
 第1期には、たくさんの本を読んできたと思います。夏休みにはもっと読書する時間があります。今まで読んでいない分野に挑戦してみましょう。このときに読んだ本が、将来の自分に影響を与えるかもしれませんよ。この夏はそんな本を読みましょう。
3.平和の夏に
 今年は戦後70年になります。先生も今年は意識して平和について話を進めてきました。平和を守るということは人を大切にすることです。そして父や母、生まれた地域を大切にすることです。今年の夏には平和のニュースやドラマ、イベントがたくさんあるでしょう。それを見て、しっかり今の「平和を守ること」を考えてください。

 しかし、一番大切なことは、事故に遭わず大きなけがのない夏休みを過ごすことです。元気な姿で第2期に会いましょう。

 『春よ、来い』

  今年も「PTAコーラスの集い」が行われました。年に一度、左記支部の小学校PTAが集まり合唱を披露します。今年は本校がトリを飾り、最後に全員合唱で締めくくりました。曲は松任谷由美さんの『春よ、来い』。この曲を選んだ理由が本校のPTA役員さんから説明されました。「いろんな理由はありますが、小中一貫校の本校では、 今 9年生が自分の『春』をつかむために頑張っています。そんな9年生を応援するために、『春よ、来い』を選びました」
  小学校だけが集まるPTAの会場で9年生の思いを伝える本校のPTA。自分の子は「中学生」でもないのに語るお母さん。「素晴らしい」と思いました。小中一貫校である本校は、教職員、児童生徒保護者、すべてが9年生を応援し、9年間のその後に目を向けられています。
  1月19日に文部科学省から小中学校の統廃合を検討する「手引き」が出されました。小規模校の課題として ▽人間関係が固定されやすい▽学校行事が制限される▽切磋琢磨ができない、などが挙げられていました。本校が開設前にとっくに議論した話題です。そして本校6年間の取組の中で、統合することが解決策でないことを実証してきた話題です。
 京都に京都大原学院がある限り、我々の姿は全国のたくさんの小規模校に『春』をもたらすはずです。

 文部科学省発表に

 国は今、小中一貫教育の制度化を検討しています。そこで、小中一貫教育を進めている全国の先進的な学校や地域を招いて、その実践や成果・課題をヒアリングしています。先日、京都大原学院は小規模校の代表として選ばれ、発表してきました。
 京都大原学院の特徴は「地域の教育センターとなっている小中一貫型コミュニティスクール」です。つどいの広場「ぴーちくぱーちく」、昼間里親施設「小野山わらんべ」そして学童保育施設が校舎内にあり、0〜15歳が集う学校です。ここでは、身近なモデルがあり、年下とのふれあいがあり、子どもは地域の未来をつくる宝として育っています。
 文部科学省での発表後、たくさんの応援メールをいただきました。「京都大原学院の小中一貫教育と15年間一貫の保育・教育はこれからの人口減少社会の我が国の保育・教育のモデルになるものと思っています。」「大原の実践は実に様々な可能性を秘めたものと期待しています。地域の皆さんもすばらしいですが、それを丁寧に受け止めている教職員が素晴らしいと思います。そんなに簡単なことではないからです」
 たくさんの応援をいただき、元気が出ます。来月には研究発表会も予定しています。地域の皆様、保護者の皆様、今後もご支援ご協力をよろしくお願いします。

 春に思う

 春になり、桜を見ると思い出す歌があります。
「世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」
 古今和歌集に出てくる在原業平のこの有名な歌は、「渚の院にて桜を見てよめる」とあります。
 今から40年ほど前、私が中学校に入学した日に、この歌の話を聞きました。そして この「渚の院」は入学した中学校の校区にあると知りました。大人になっても、春になり桜を見るとこの歌が自然と口に出て、我が母校の今が気になります。
 4月8日、京都大原学院に5人の子どもたちが入学しました。この子どもたちの母校は京都大原学院です。これからの9年間でどんな成長を見せてくれるか、とても楽しみです。
 私は入学式で この子どもたちを徹底的に大切にし、たくましい人間にすると約束しました。また、大原の地域全体が教育の場となり、子どもたちを育てていくとも言いました。この子どもたちが将来大人になったとき、たとえ大原を離れていても母校のことが気になる人でいてほしいと思います。大原の桜は今年も美しく、人の心を「はんなり」とさせています。
 いよいよ平成26年度が始まります、教職員一同 力を合わせて取り組んでいきます。いつものご支援とご協力をよろしくお願いします。

京都大原学院 前校長 川勝 康弘 

 育てよう一人一人の人権意識

 早いもので、もう12月、師走になりました。 12月は人権月間です。1948年12月に国際連合で『世界人権宣言』が採択されたのを記念して制定されました。3日(土)には、昨年に引き続き、大原で左京支部PTAの人権啓発が行われます。本校の人権の授業参観は1月に行う予定です。一人一人が人権について考え、人権を尊重しているかを振り返る機会でもあります。小中一貫校として1〜9年の子どもたちが一緒に生活する中で、年長者が年少者を大切にできているか、また年少者は、年長者を大事に思えているかということも日頃の学校生活の中では、重要となってきます。人間関係がうまくいかず、問題が起きたり、多少のけんかやトラブルがおきたりするのは避けられないかもしれません。しかし、こうした事が、固定的な相手でいじめや嫌がらせになっていないか、しっかり観察する必要があります。
そして子どもたちにそれをいけないと思える感覚を育てていくことが重要です。学校でも日頃から子どもたちの人間関係を注意し、気になることは早めの観察や指導を徹底していきたいと思っています。ご家庭の方でも、お子さんの気になる言動に変化などがありましたら、早めに学院にお知らせいただけたらと思います。そのためにも保護者・地域・学校が協力し、学校に来るのが楽しいと思える、そんな学校づくり目指していきたいと思っています。

 楽しい夏休み

 いよいよ夏休みです。約1か月の休み中は、楽しみもありますが、宿題もあり、楽しんでばかりも心配ですね。 私も中学生の時に夏休みを大変楽しみ、夏休み明けに大変後悔したことがあります。このことは、PTA新聞にも載せてもらいましたので見てください。) 夏休みには「自由な時間」が多くあります。この「自由な時間」の使い方を覚えてほしいと思います。 夏休みのしおりには、計画表がついていますので、丁寧な計画を立ててほしいですね。学習の時間だけがいっぱい書いてあるような計画表や、ゲームや遊びばっかりの計画表も感心しません。自分にとって一番の楽しみを一つこの計画表のメインに置いて計画を立ててください。5年生以上の人は、自分でできるだけ考えて作ってください。4年生以下の人は、家族の人と相談して計画を立てましょう。
 また、特に後期の人には、「一日10時間勉強の日」にチャレンジしてほしいと思います。勉強は、一人で孤独と戦いながら「学習のコツ」をつかんでください。一人で滝に打たれて修行する人のように、一心不乱に一つのことに打ち込めば、この夏休みは少し違った経験ができると思います。しんどいけれど「楽しかった夏休み」を味わってください。

 学習のすすめ 

 私が中学校の2年生の時、 夏休み中、朝から夕方まで水泳の練習ばかりしていました。私は部活動もせず学校の帰りには友人の家で遊び、ヒョロヒョロしていたので、母の勧めで水泳をやらされることになったのです。身体は知らないままに鍛えられ、校内のマラソン大会では10位に入り、自分でも驚きました。しかし、学習の方は全くほったらかしで、冬休み前の成績がガタ落ちとなってしまいました。特に数学は百点満点の15点、記号が3個だけ正解でしたが、方程式など全く解けず、惨悔たる内容でした。 慌てた母は、私を「塾」に連れて行ったのですが、「塾」の方でもあまりの酷さに「絶対に高校への進学は無理です。」と太鼓判を押してくれ、「塾」からも見放されることになりました。母の背中は落ち込み、木枯らしの吹く帰り道は一層寂しい風景だったと、今でも覚えています。
 母からの話が父に入り、冬休みに一日10時間以上の数学の特訓をさせられました。正月も雑煮を食べたらすぐに「数学」をさせられました。人間というのは不思議なもので、それまで1時間も学習するのは大変でしたが、一日10時間も「数学」をしていると2〜3時間ぐらいは平気になってしまいます。おかげで冬休み明けには、「学習のこつ」を少し掴むこともできるようになりました。
 「学習」だけではなく、苦手なものでも少し我慢して取り組めば 乗り越えられるものは多いと思います。学習も一日10時間を一度は経験してみては如何でしょうか。

京都大原学院 第2代校長 森 桂三 

 読書のすすめ

 過日実施しました中期・後期ブロックの子どもによる「学校評価」を分析すると、2つの課題が見えてきました。それは「毎日の家庭学習」と「読書の習慣」でした。そこで、読書について述べたいと思います。
 「食べ物は体の糧、読書は心の糧」という名言があります。体を丈夫に育てるのは食べ物、人間らしい心を育てるのは本ということです。また「知るは楽しみなり」とよく言われます。読書によって人は自分の人生を2倍にも3倍にもすることができます。読書を身近なものとして楽しい世界を広げてほしいと思います。よい本をじっくりと読むことで世界が広がります。読書は自分の生き方を方向づける船頭の役割を果たすこともあります。
 ここで「ことば」について考えると、ことばには「話しことば」と「書きことば」の2種類があります。「話しことば」は会話する時のことばであり、「書きことば」は文章にする時のことばです。今、この「書きことば」の「書く力」や「活字離れ」が問題となっています。そのために、全国的に朝読書の取組が広がり 多くの学校で行われています。「書くこと」は自分の考えをまとめることにより論理力や表現力を磨き語彙力を高めます。また、教科の学習は教科書という活字を通して行われます。「書きことば」の文化に親しむことが、勉強そのものだといっても過言ではありません。
 春休みは、新しい学校や新学年進級の準備の時期です。自分の生き方を確かめる意味でも人物史や名作といわれる本をゆっくり読むことをお勧めします。

 食育を考える

 給食に感謝し食事について考える機会として、1月19日〜25日を「給食週間」として実施しました。給食だよりの発行や給食についての校長講話、給食調理員さんへ感謝の気持ちを伝える、そして前期・中期ブロックの「豆つまみ大会」、児童生徒集会では、全校「豆つまみ大会」を行いました。何よりも意義深かかったことは「交流給食」が実施できたことです。1年生から9年生が縦割りの3グループで一緒に給食を食べました。それぞれのテーブルは、家庭の食事風景のように兄弟姉妹が集まってなかよく歓談をしながら家族のように食事をすることができました。
  「食事」という漢字を分解すると、人を良くする事となります。食事とは、「人を良くする事」「良い人になる事」なのです、「みんなと楽しい話題のなかで仲良く食べる」 「好き嫌いなどないか自分の健康について考える」「食べ方、食べる作法について考える」など、こういったことも食事のなかに含まれています。
 食育とは、「食」に関する知識と「食」を選択する力を習得し、健全な食生活を実践できる人を育てることです。よく家庭での食事風景が家族関係を表しているといわれます。食事の時間にテレビを見て、ほとんど会話がない、食事の時間が個々違い「孤食」が多い、好き嫌いによる残食が多い等が問題として言われています。「ファーストフード」から「スローフード」へという運動も展開されています。
 本校では「食育」の観点からも「交流給食」がスムーズに行えるような条件整備を行っていきたいと思います。

みんなは一人のために、一人はみんなのために

 大原の里は、田植えも終わり初夏を思わせる季節となってきました。本校の教育農園でも中期ブロックが地域の方の協力を得て、もち米の稲を植えました。そして、後期ブロックはサツマイモと夏野菜の植え付けの準備をしました。今は運動会の練習に全員で頑張っていますよ今年はブロック毎の種目を増やすなどの工夫を行っています。運動会には多くの保護者・地域の方々の参観をお待ちしています。
 ここで、5月の全校集会で子どもたちに話したことを紹介します。
 「ウサギと亀」の寓話は、人生の多くの教訓を与えてくれています。亀の視点で考えると、のろまでもコツコツと地道に努力することの尊さや継続の力を教えてくれています。また、ウサギの視点で考えると、いくら才能に恵まれていても、自惚れや油断は大敵であると戒めとして教えてくれています。では、ここで亀が寝ているウサギを追い越して、傍を横切る時のことを考えましょう。亀はどんな気持ちでウサギを 追い越して行くのでしょう。勝ったという優越感なのでしょうか、怠け者に対する軽蔑感なのでしょうか。このような感情は、何か利己的な思いがしてなりません。亀は、寝ているウサギを起こし注意をするという行為が必要ではないでしょうか。自分さえよければという気持ちではなく、自分の周りの人も含めたみんながよくなるという考えが必要であると思います。これを学校生活に置き換えてみましょう。学級の友人が、 授業中に寝ていたらどうでしょう。良くない行為を見たとき、いじめをしていた時など、自分には関係ないと、見て見ぬふりをしてはいないでしょうか。みんなは一人のために、一人はみんなのために、このように一人一人が集団へ帰属意識をもち、すばらしいそれぞれの学級そして学校をつくっていってほしいと思います。
 大原学院は学校全体が家族のような環境です。誰一人としても置いてけぼりのない、一人ひとりが大切にされる学校に さらにしていかなければと思います。

        

京都大原学院 初代校長 宮崎裕子  

やがて芽が出て・・・

 一粒のどんぐりが芽を出し、今は2m余りの立派なクヌギの苗に成長しています。4年前、今の4〜9年生が小学生の時に黒いポットに一粒ずつ蒔いたものが、新しくできた梅林付近のオオムラサキ保護の網ハウス横に移され、そこで、見事に成長しています。この苗木を「里づくりトライアングル」のご好意で、役場橋付近に『京都大原学院開校記念』として植樹をさせていただくことになりました。子どもたちと共に、この苗木が成長し、やがては大木に‥ そこにはオオムラサキが樹液を求めて飛び交い‥
 その頃 今の子どもたちは、親になり、わが子を連れて‥ などと考えるだけで夢が広がります。このどんぐりのように、今、京都大原学院では、いろいろな「種」を蒔いています。1年生からいろいろな外国人に親しみ、英語はもちろん、さまざまな国の文化の違いや同じ人間としての共通点も学んでいます。これからも多くの国との交流の機会を増やしていきたいと思っています、また、3年生から専科の理科学習を通して、オオムラサキの保護や大原の豊かな自然を体験しながら、「なぜ?」「どうして?」の疑問をふくらませています。1〜9年生の大きな年齢差の子どもが、共に生活する中で年長者は幼い子どもへのいたわりや配慮を学び、小さい子どもたちは「身近なモデル」を感じながら成長しています。
 「see you」と平気で挨拶する1年生が、8年後 どんな旅立ちをするのでしょうか? 京都大原学院の真価が問われます。地域ぐるみで皆さんにサポートしていただき、他校では考えられないような恵まれた教育環境の中で、その条件に甘えることなく、伸びやかなたくましさを身につけて、この大原の地を支える素晴らしい若者として成長し、立派なクヌギに負けぬよう、京都大原学院生が育ってくれることを、心から願ってやみません。

京都大原学院の誕生から6ヵ月

 先日、京都大原学院になって、初めての文化祭が行われました。小中合同の文化祭としては通算5回目ですが、1〜9年生が一つの学校になって行うのは初めてです。 7,8年や9年生の劇を見て、思わぬところで大喜びする1,2年生、1,2年に理解ができるよう、クイズの解説を懇切丁寧にする8,9年生等々、お互いを思いやる空気の中で、会場中が温かい雰囲気に包まれました。
 4月の開設式から6ヵ月たち、8,9年生と2,3,4年生の教室が同じフロアーにあり、階下には1年生がいるからでしょうか? 8,9年生の顔つきが優しくなったといわれています。縦割り清掃でも、1,2年生に掃除の仕方を丁寧に教えている8,9年生の姿が見られます。児童生徒会主催の大縄跳びでは、1年生の足の運びに気を配りながら、1〜9年生までが一緒に跳んでいました。子供たちの中にはとても優しくて温かい、柔らかな空気が流れています。
 教職員にとってはどうなのでしょうか? 職員室が一つになり、昨年から試行していた小学校での一部教科担任制、TT制の導入、ブロック長を中心とした前期(1〜4年) 中期(5〜7年) 後期(8,9年)のブロック単位の動き、ノーチャイムで動く児童生徒の動き、中学生にも導入された小学校形式の給食、5年生からの標準服導入他、新しい動きの中で、目まぐるしく6か月が過ぎました。 TT制にはとまどいもあり、うまく活用できるよう、大学の先生を招いて研修会を行いました。小中教職員にとって、今まで経験したことのないシステムや教育観を求められるだけに、慣れるまでの戸惑いが大きいです。 しかし、1〜9年の子供たちが目の前にいて、その発達段階や、成長の様子が、手に取るようにわかることは、教師にとってまさに『生きた教材』であり、一貫校ならではのメリットだと思います。
 本校がめざす、『学びあいを通してコミュニケーションカを高める授業』とは、お互いが切磋琢磨し、成長し合える関係をめざす中で、学び合いを通して、少人数ではつけにくい自分の考えをきちんと言えるコミュニケーションカをつけるのが目的です。学びあいをうまく進めるためには、本校のように9年間変化のない少人数の人間関係では、とりわけ早い段階から『良い集団づくり』をすることが重要です。その『良い集団づくり』のためには、小学校の3,4年生でその基礎が固まり、5,6年生でほぼ完成するので、7年生以降では動かしがたくなることを、全教職員が共通理解しながら進めていかねばなりません。 9年間の学習カリキュラムを作っていくことは、小中一貫校としてできる大きな利点ですが、それを学ぶ集団の人間関係づくり、自学自習ができるような自立した家庭学習の習慣化、自分で自分の心身を守る自己管理のできる生活自立のカリキュラム等々、発達段階に応じたいろいろな9年間の階段を作れる事も大きなメリットだと思います。
 指導には『』にあたる時期があり、それを逃すとなかなか効果が上がりにくくなります。『鉄は熱いうちに・・・』ではありませんが、9年後の出口を見据えて、目の前の子どもたちを見つめながら、どの時期に何をすればいいかをしっかり計画的に考えることにより、多くの子どもたちの可能性を引き出すことができます。小中一貫校とは、その可能性を伸ばすための最良の方策を取れるシステムといっていいのではないかと思います。

12月  顔が見える関係  

 先日、大原中でNPO法人の京都禁煙推進研究会から講師の方が4人も来て下さり『体験型防煙教室』が開かれました。煙草の害や受動喫煙の害などわかりやすく、生徒たちにも興味深くお話をして下さったのですが、その折に生徒たちが書いた『禁煙を勧める川柳』や『煙草の誘いを受けた時の断り方』『最後の感想』などを見て、「本当に中身が濃く、感性もとてもいいですね。」と誉めて下さいました。そして、「少人数の学校の方がこうした良い作品が多いのです。」…と。
 前期の生徒会活動を終えて退任の挨拶、それを受けての後輩の後期役員選挙。今度は5年生から も立侯補があり、新しい児童生徒会が発足しました。中学校3年生の前期役員の格好いい姿をみて 立候補したという挨拶がいくつもありました。
 こうした生徒会での役員経験、運動会、文化祭や部活動での活躍、キャプテンの経験他さまざま な経験を経て、4月から驚くほど成長した、驚くほど明るくなった人たちが続出しています。そう した仲間が成長した姿が見える、そして自分も負けじと頑張る。そんな顔が見える人間関係が小集団の良さであり、理想的な姿だと思います。
そして、『小集団では もまれない』と つい心配の声もありますが、先日 国際会館での地域フォー ラムで北海道教育大学の先生が、「ただ人数が多ければ社会性が育つというものではない。少人数でも きちんとあらたまった形で式や発表を行い、何回も発表できるチャンスを逆に生かすことで社会性は身につく。」と言い切って下さっていたことに勇気を得ました。うちで出来るチャンスを精一杯 活かしながら、自分の考えを持ち、物おじせずに発表できる生徒を育てていきたいものです。

11月  学校は社会の一部  

 少し古くなりますが、ニート、フリーターなどと社会に適応しにくい若者が問題になりました。バ プル期以降の景気の停滞が、過酷な就職状況を作り、若者が夢を持ちにくい世の中になっていること は事実です。
しかし、もう一つ、学校という組織が社会から隔離された価値観になってはいないかということも、自省をこめて考えねぱと思います。荒れた中学校の中では、教師反抗や喫煙、器物損壊 など学校なら許されると一部甘えた発想を持つ生徒さえ、見受けられます。学校と社会の秩序や常識 がかけ離れてしまうと、苦労するのは子どもたちです。社会に出た時のギャップに精神的に耐えられ ず、ドロップアウトしてしまったりします。学力はもちろんですが、学校生活の中で、社会的な常識 を身につけることはもっと力をいれなければと切実に思います。
 (1) 相手の目を見て挨拶できること
 (2) 常に自分の頭で考え、人にしっかり伝えられること
 (3) 仲間を大切にし、お互いに育ち合える関係をつくること
 (4) 自分の健康管理を自分でできること
等々本校の教育目標で『自立』とくくっていますが、そうした一つ一つをきっちり身につけることこそ、社会に出て通用するカだと思います。不審者情報を聞いて、小学校の集団下校が始まり、小学生に寄り添い、慕われている中学生を見て、世の中の当たり前の、年長者が年少者をいたわり、またリードするうれしい姿に、ほっとするこの頃です。

10月 見つめられることで育つ子どもたち

 『少人数を生かした効果的教育って本当にできるのでしょうか?』『学年10人くらいで大丈夫でしょうか?』少人数教育を外から見ている方からは、こんな心配の声が聞かれます。確かに今の保護者世代やその上の世代にしてみたら、多い時の1/4から1/6にまで激減して、自分たちは全く未経験の学年10人前後ですから、こんな少人数でやっていけるのか、部活もどんどんなくなった、競争心もなくなるのでは 等など、心配の種はつきないのでしょう。
しかし、私は幸いなことに、その両方の時代を経験させていただいて、むしろ人数が減ってからの方が、どの生徒をとっても、確実な伸びが感じられる気がしてなりませんでした。昔の教え子に失礼だったり、我田引水になりすぎてもと、あまり強調はしませんでしたが、先日の朝日新聞の記事で、『まさにこれだ!』というその原因をつかんだ気がしました。
というのは、仲代達矢による能登半島のある高校では、演劇科の生徒たちの目がひときわ燗々と輝いているという記事でした。その理由としては、まず第一に 役者になる、または演劇を支えるスタッフになるという目的がはっきりしていることがあるが、しかし、それと同時に人の視線があるからだというお話でした。つまり、多くの目がその人に向けられ、また、その視線を受ける生徒たちが、その目に気づき、それに応えていくことで、成長できる、意欲を持てるということのようです。これをさして『静かな応援の視線』と表現していました…
 まさにこれは、今の大原中の生徒を表している言葉だと思いました。一年入学当時、まだ、あどけなさの残る生徒が3年生で卒業していく時、一人ひとりすべての生徒たちが、入学当時では想像もできなかったほど、たくましさと自信を身につけて出ていってます。これこそが、『静かな応援の視線』つまり、生徒数に対し、比率的には非常に多くの教職員、保護者、地域の方々、そして、かわいい小学生の目も注がれる中で、いっぱいの期待の目に見つめられて育った大原中学生は、能登の演劇部の生徒たちに全く重なると、うれしい勇気をいただいた記事でした。

9月  子どもにどんなカをつけたらよいか… 

 夏季休業も終わり、元気な生徒たちの顔が、全員勢揃いしてくれてほっとしています。さて、新しい学習指導要領の内容が発表されました。今回の改訂では、現在は『知識基盤社会』であり、 そうした社会の中で『生きる力』を育もうといわれています。
『知識基盤社会』というのは、今の時代は本当に変化が激しくて10年前の知識だけではそのまま役にたたない、(たとえば、パソコン社会もその一つです。)だから、必要に応じて知識、技能、方法など新しいものを学び取る力 また、それを更新できる力が必要だということが強くいわれています。もちろん、受検その他で学校に入るためのいわゆるぺ一パーテストで点が取れる学力も必要です。しかし、最終的には、ほんどの人間がいわゆる『自分で稼いでメシのたねをつくる』力をつけなければならない。つまり、社会に出てから、たくましく『生きる力』が必要なのだと思います。そのためには、やはりいろいろな社会の変化を読み取る力、また社会の変化に対応して自分が学習してついていけるカをつけねばならないのです。
 さらにはほとんどの仕事が一人でできるわけではありません。人と調和しながらやっていける人間関係能力、コミュニケーション能力なども必要になってきます。外で一人前に働いて生活の糧を生み出せる。そして、自立した生活をできる力こそがわれわれ大人が子どもにつけてやらねばならない力だと思います。このために学校教育もそれを意識して進めることが必要ですし、地域、社会全体でそうした子どもを育てる環境づくりが必要なのだと思います。チャレンジ体験や大原探究その他の多くの場面で地域の方々の温かいご支援を受けて子どもたちは育っています。保護者、学校でこの共通理解の下に社会でたくましい力を発揮できる大原っ子を育てていきたいものです。

7月  よそゆきとふだん着 

 最近の若い子が電車の中でものを食べたり、お化粧したり平気でしていると嘆く声をよく聞きます。 いつの頃から日本の中で、こうしたことがまかり通るようになってしまったのでしょうか? 電車に乗って音楽を聞いたり、携帯メールをしたりと自分の世界に浸ることは多くなっていますが、ものを食べることやお化粧は通勤電車の中では.. と躊躇するのが、大方の大人の考えです。それにつけて、もっと心配なのは、言葉づかいや礼儀などでも よそゆきの対応ができなくなっていることです。携帯でしゃべりたい相手に直接つながり、コンビニやスーパーでものを言わずにほしい物が買え、切符も何も自動販売機で買える世の中です。あらたまって話す必要性が激減してしまっているのです。
 先日、本校の1年生の大原探究と2年生のチャレンジ体験の激励会がありました。その中で1年生のほとんどの生徒が「礼儀と敬語を学んできたい。」と抱負をいってくれました。それを聞いて、まずは自分ができていない、それを身につけたいという意欲を持ってくれていることがとてもうれしかったです。2年生も働く大人の素晴らしさと仕事の厳しさを学んできてくれると思っています。
一回りも二回りも大きくなって、少しでもよそゆきとふだん着(つまりウチとソト)との使い分けをできる大人に近づいて帰ってきてほしいと願っています。

6月  小中一貫教育の意義 

 今年で7回目を迎えた小中合同運動会ですが、回を重ねるたびに子どもたちのうれしい姿が見られます。3年生だけでなく、1年生までもが小学生を整列させてあげたり、6年生の応援合戦にも自然に協力したり、小学生が見やすいように中腰になったりと細かい心遣いがみられました。応援団長をすることに躊躇していた中学3年生も、小学生から「団長かっこいい!」といわれたりして背中を押され、楽しく頑張れたようでした。
 最近は家庭での兄弟数も減り、家で年長者のモデルを見る機会がまれになりました。小中一貫校になると この身近なモデルがみられることが一つの大きな教育効果です。そして、中学生もお手本をしめさなければと びっくりするくらいの頑張りをみせてくれます。先日の大原大掃除の時も小学生の5・6年生と縦割り班を組んだとき、やはり普段と違う頑張りを見せてくれました。最近の子どもは『自己有用感』つまり自分が何かの役に立っている、自分が必要とされているという自覚を非常に持ちにくくなっています。小学生とのふれあいの中でこの『自己有用感』が高まり、多くの人たちにも見られ、頼られていることでいろいろな活動にはりあいが高まっていることは確かだと思います。来年4・3・2のブロック制に移行する中で、新たに4年生、7年生(中1)、8、9年生(中2、3)がリーダーシップをとってくれるようになってほしいと願っています。

5月 憲法月間にちなんで

 修学旅行で3度目の沖縄の土を踏みました。大原中としては沖縄恩納村の安富祖小中学校との交流を始めて4回目であり、沖縄の同規模の同世代の中学生と触れあえるのは意義深い機会です。挨拶や学校紹介の後、学校のすぐ裏の浜に出て、カヌー体験をさせてもらい、今年は運よく、合同夕食会と、ホームステイまでお願いできました。
 食文化も風習も植物や生物も本土と違う沖縄の体験ができ、とても有意義な交流です。と同時に沖縄が第二次世界大戦で唯一の地上戦のあった地であり、本土の空襲や原爆投下とはまた違った戦争の体験をした場所であることを、行った生徒たちは心に深く感じて帰ってきました。
 戦後63年たち、戦争の歴史が風化していく中で、戦争の生々しい傷跡を知り、地獄絵のような様子を語り部さんや手記などから想像します。本当に命を大切にすることや平和の大切さを感じながら、憲法の意味をじっくり考えてほしいと思っています。

4月 平成21年度小中一貫校開校を目指して

 いよいよ開校まであと1年となりました。何となく気ぜわしくなってきました。今年中にしなけれぱならないのは、標準服の決定、校歌・校章の決定、給食のあり方、卒業式や入学式の持ち方、小中の校舎をつなぐ廊下建設、小中を一つにした職員室の改築、小中を一つにするPTA組織の改編、21年度の教育内容の決定、小中を共通する生活上の決まりの検討などまだまだ問題が山積しています。 今年から小中の校時表が一本化され、そろえた時間で学習しています。
それによって、中学校から全教科で小学校のどこかの学年に学習に行く体制が出来上がりました。小学校に授業に行った中学校の教師から「中学校で教えていたことが、小学校でも、もうしっかり教えてるこの調子なら中学校ではもっと先に行くことができるかも…」とか、「小学校と同じ繰り返しをしていたので、また、工夫が必要」「小学校で訓練してきたことを中学校でくずしてないか?」など いろいろな声が聞かれます。こうした発見を有効に生かし、教師一人ひとりが一貫性、連続性、系統性、効率性をめざした教育を考えていくことが、真の小中一貫教育の意義になると思います。