京都市立紫野高等学校

    
上の校章は、アルバムの表紙に使われていたものです

校章をデザイン化したもの(作成は濱中直志校長)南校舎正面の校章


  本校の校章は、本校創立時の芸術科の教諭であった古野由男氏によってデザインされたもので『本校沿革史資料 草創十四年の歩み』によると、その構想は「底辺を高さにとった二等辺三角形を基本形とし、精神の躍進と安定を象徴している。右基本形にて大きく片仮名の〈ム〉を書き、紫野高校を連想せしめ、その各頂に小三角形にて夫々アクセントを作り、これにより本校の教育方針たる智育、徳育、体育を表した。中央部にある三角錐は、本校の環境を表徴する希望峰たる鷹ヶ峰を表し又この三角錐の三稜は〈人〉の字を形成し、これにより前述の智育・徳育・体育による所謂全人教育がなされるという本校教育の理想を象徴したものである。」   



京都市立紫野高等学校
     最初の校旗は1953(昭和28)年度のPTA予算によって作成された。                                              紫地に金モールで校章が刺繍されたもので、第2回卒業式から使用されている。      


                                                                

京都市立紫野高等学校    校歌をお聞きになられたい方はこのボタンをクリックしてください。

  紫野新聞第1号(1953年昭和28年7月18日号)に「開校以来ここに既に一年有余、内外ともにようやく整備しつつ ある本校に、校歌制定の声が高まってきました。ついては生徒が朝夕誇りと希望を持って斉唱するにふさわしい、 明朗高雅にして本校の特色をよく表した歌詞を、下記の要領により、本校関係者から募集することになりました。  本校発展のため、ふるって応募せられるようお願い致します。」と、本校校歌制定委員会より全校生徒、教職員、 保護者、同窓生にむけて歌詞が公募された。締め切りは同年9月15日で、応募作品は生徒8篇、保護者2篇、 教職員1篇の計11篇であった。この中から、審査委員会(生徒3名、父兄2名、教職員5名)によって慎重に審議 され、翌1954年(昭和29年)1月26日、入選作1篇、佳作2篇が選定された。詳しくは以下の紫野新聞第5号を 参照されたい。 




校歌の譜面

2008年5月19日更新