1300年ほど前,修験者(しゅげんじゃ)の祖(そ)である役小角(えんのおずの)が岩屋不動(いわやふどう)を開いたと伝えられています。その後,一時すたれていましたが829年に空海(くうかい)が岩屋山金光峯寺として再興(さいこう)しました。岩屋山の奥の護摩洞窟(ごまどうくつ)は,歌舞伎(かぶき)の「鳴神(なるかみ)」の舞台としても知られています。「鳴神」とは次のようなお話です。
「鳴神」
昔,皇后(こうごう)<天皇のおきさき>が懐妊(かいにん)<お腹に赤ちゃんが宿ること>されました。天皇は男の子がほしいので岩屋山の鳴神上人(なるかみしょうにん)に男の子が産まれるよう祈ってもらうことにしました。そして,もし男の子が産まれたときには,お礼に金銀財宝を差し出すと約束しました。
ところが天皇は,鳴神上人の祈りで,皇后が無事男の赤ちゃんを産むことができたにもかかわらず,お礼を支払いません。怒った鳴神上人は世界中の龍神(りゅうじん)を岩屋山の滝壷に閉じこめました。そのため,都は日照りになやまされます。困った天皇は,都一の美女である雲ノ絶間姫(くものたえまのひめ)を鳴神上人の所へ送りました。雲ノ絶間姫は鳴神上人が姫の美しさに心をうばわれている間に,滝壷に閉じこめられた龍を放し,都に雨がもどって来るというお話です。
<参考文献>澤 潔 「京都 北山を歩く」 ナカニシヤ出版,1989