厳島神社


厳島神社(いつくしまじんじゃ)
 厳島神社といえば広島にある安芸(あき)の宮島を思い浮かべるが、雲ヶ畑にもあるというとびっくりする人も多いでしょう。雲ヶ畑の厳島神社は平安時代の「延喜式(えんぎしき)」という書物に社名がのっているほどの歴史を持ち、元は天津岩門別稚姫神(あまついわとわけわかひめ)をおまつりしていました(西暦865年)。それがいつしか雲ヶ畑弁財天(くもがはたべんざいてん)<弁天様>と呼ばれるようになり、明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)<仏教を信じることをやめ、日本の昔からの神様を信じなさいという明治政府の方針>の時、おまつりしている神様が同じということで、安芸厳島神社の社名を借り、厳島神社となったのです。












 



 境内には明治以前村内各所にあった八幡・稲荷・大山祇・天御中主の4社が集められ、本殿横の建物にまつられています。雲ヶ畑では厳島神社の小宮様と呼ばれているそうです。










 境内には「忠魂碑(ちゅうこんひ)」や、「殉国の士(じゅんこくのし)」の碑があり日露戦争から第二次大戦までの戦死者の名前が刻まれています。小さな雲ヶ畑の村も戦争に無縁ではいられなかったことがよくわかります。

<参考文献>
平凡社編「京都・山城寺院寺社大辞典」平凡社,1997

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