沿革の大要


 今熊野地域の発展は、大正の初め、東山のふもとに林や竹やぶが広がり、田畑が散在する蛇ヶ谷の一角に、一人の陶工が「かまど」を築いたことに始まる。以来、この陶業が地域一帯に広がり、京焼き・清水焼生産の重要な拠点の一つとして発展した。
 この陶業の歩みが、そのまま今熊野地域発展の姿でもある。陶業の隆盛と共に人口が増加し、昭和6年小学校が独立開校された。(創立当時は一橋第三小学校)
 また、市街地の拡大で東山通りが延長されたり、市電が走るなどの進展で市内各地からも陶業に携わる人々が増え、地元の陶業の進展は、そのまま地域をはじめ、学校の年表にも深い歴史の節を残している。
 それを象徴するかのように、毎年PTA主催の今熊野バザー(陶器バザー)が開催されているが、すでに半世紀に及ぶ歴史をもつに至っている。この行事が陶業と教育を通して、地域住民のふれあいの場として一体感を深める伝統的行事ともなっていることは意義深い。
 さらに最近では、地域の陶業を学習の中に取り込む伝統文化教育の推進により、特色ある学校づくりを進めている。
 学校は、東山のなだらかな傾斜地の高台に、山の緑を背景とし、数多くの史跡や窯場に囲まれてたっている。
 教室の窓からは、京都の市街が一望できるというすぐれた環境にある。

学校の位置
北緯 34°53’58”
東経 135°46’49”
海抜 60m